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【輝く女性ランナー】VOL.3 有間由佳さん⑨

 < 第九話 > ランニングの楽しさを、再び

有間由佳<第八話>を読む


ランニングの楽しさを、再び

なぜ楽しく走れるのか理解できなかった有間由佳(敬称略)は、友人から誘われたら顔を出すという感じで、自分からは進んで大濠公園に行くことはしなかった。しかし、参加するうちに友人以外のランナーとも話すようになり、みんな仕事は忙しいけど、その中で走る時間を作るために朝5時から走ったり、仕事で疲れてから走ったり、その時間もなければ夜中に走ったりして自分の目標にしている大会に向かって頑張っていることを知り衝撃を受けたという。

ちょうどその頃、現役時代の元コーチであり、その時の監督から九電工有間さん-16.jpgのサムネイル画像
陸上競技部のマネージャーに声が掛かり、女子部のマネージャーを務め
ることになった。

「私には目標はなく、やりたいこともなく、何が出来るのさえ分からない。そんな自分と違って、目標に向かって頑張っている市民ランナーや陸上部の選手が輝いて見えました。今思うと、声を掛けてくださった監督にも本当に感謝しています。今まで自分中心の人生でしたが、マネージャーを経験して自分以外の人に一生懸命になったり、熱くなったり、悩んだり、涙を流したりできたことは初めてであり、今となって私の大きな財産です。」

一度は嫌いになった陸上であったが、市民ランナーや陸上部の選手と接しているうちに、有間の中にまた走ろうかなという気持ちが湧き上がってきたのである。有間は市民ランナーから走る楽しさを、後輩である陸上部の選手から何にも変えられない走る素晴らしさを思い出させてもらったのである。

それから彼女は、陸上部のマネージャーを務めながら市民ランナーとして走り始めた。
ランニングを再開した有間は、自分が今まで日本代表になったことがなかったので、これからでも目指せる大会がないかネットで調べたという。
そしてある大会を見つけた。

有間さん-17-1.jpgのサムネイル画像「神宮外苑で開催される24時間走で、200キロ走って優勝すればスイスに行けることを知ったのです。スイスは憧れの地であったので、何も考えずこれだと即決しました。(笑)」と有間は当時のことを語った。
ただ、その時は200キロという距離はまったく想像出来なかったという。

実業団を引退して市民ランナーになった有間の練習は、だいたい12キロのジョグだけであった。たまに20キロ走るとかなり頑張ったと充実感があったというから、200キロは想像を絶する距離であるはずだが、彼女はこんな風に考えていた。

「1時間に8キロちょいなので、まあ大丈夫かな。」

確かに計算上は1時間に8.33キロ走り続ければ24時間で200キロ走ることができる。しかしながら、24時間走で200キロを超えることはハードルが高く、フルマラソンが速いからといって簡単に出来ることではないのだ。有間なら2時間半少々で走ってしまうフルマラソンと、24時間走はまるで違う競技なのである。


< 第十話につづく >

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