ページ内を移動するためのリンクです。

【輝く女性ランナー】VOL.7 三浦あずささん③

 < 第3話 >

三浦あずさ<第2話>を読む


父親から「練習すれば完走できるよ」と言われた三浦あずさは、9ヶ月後のハセツネ(日本山岳耐久レース)目指してランニングを開始したという。今でこそトレイルランニングはメジャーな競技になってきているが、当時はまだ限られた一部のランナーのためのレースであった。また、今では日本国内でもウルトラトレイル・マウントフジ(通称UTMF,距離100マイル)のような100キロを悠に超えるレースも開催されているが、当時は距離71.5キロ 累積標高4582mの山岳コースを昼夜通して走るハセツネはトレイルレースの中でも非常に難易度の高いレースであり、現在でも国内屈指のトレイルレースと言われている。

そんな難易度の高いレースを、ランニングも登山も初心者である女性が目指すことは非常に珍しい。

三浦は語った。三浦さん:ランニング.jpgのサムネイル画像

「今思うと無謀だと思いますが、無性に走りたくなったのです。父親があれだけ一生懸命になれるハセツネの魅力を確かめたかったのです。でも、当時も今も思ったらすぐ行動するのが私の生き方のようです 笑」

私(筆者)もハセツネを走ったことがあるが、他のレースのようにエイドステーションで給食給水ができないため、レース中に摂取する飲料や行動食は自分で背負わねばならない。大半のランナーは4キロほどのザックを背負って険しい山道を登る厳しいレースなのだ。(唯一42キロ地点で1.5リットルの水分を補充できる。)また、フルマラソンより30キロも長い距離のレースであり、気象変化の激しい自然が相手であることから完走するためには一定の走力以外に、山の中で行動することで身に付く経験を得るための練習が必要である。以前紹介したVOL.3 有間由佳さんは、元実業団ランナーであるが初めて試走に行った時にはこんな厳しいものかと驚いたという。

そのレースにチャレンジしたいと思った三浦は、競技こそ違うがプロになることを目指していたのだから基礎体力には自信があったのだろう。加えて、トレイルランニングの下りは恐怖心との戦いでもあるが、スノーボードのトリック競技をしていたことからその恐怖心もほとんどなかったのであろう。

三浦さん:始めてのロードレース-1.jpgそして、三浦は練習に没頭した。最初は3キロくらいを走って歩いての繰り返しであったが、走っているうちにだんだんとトレイルランニングをする仲間に恵まれてきた。父親にもいろいろアドバイスをもらうようになり会話も増えた。また自分がトレイルランニングを始めたことで父親の凄さが分かるようになり、それまで以上に尊敬するようになっていったという。

すると、スノーボードに打ち込んでいた時のように、週末になるとトレイル三昧の生活を送るようになったのである。ハセツネのレースで使われるコースの試走を何回も行うとともに、レースの経験をしようとトレイルランニングの大会に毎月参加することで三浦の実力はメキメキとついてきた。

しかし、2006年9月に開催されたOSJの42キロトレイルレースに出た三浦は膝を痛めてしまったのである。ハセツネ1ヶ月前のことである。

その時のことを彼女はこう振り返った。

「膝を痛めてしまったのは、毎月のようにトレイルレースに出ていて、走り過ぎてしまったためだと思います。レースまで1ヶ月しかないという焦りもあったけれど、休養し完治に努めました。しばらくしてテーピングをがっちりして走っても、やっぱり痛い。。。

でも、ハセツネは絶対に走りたいという気持ちだけは決して変わりませんでした。結局、故障を抱えたままレース当日を迎えることになってしまいましたが、痛めた箇所をテーピングでガチガチに固定して走ることにしました。」

< 第4話へつづく >

  • あなたのRUNの前に。ランニング時のコンディションをサポート 持久系アミノ酸BCAA配合【Amino-Value】大塚製薬の公式通販『オオツカ・プラスワン』 通販限定商品も!ご購入コチラ