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【輝く女性ランナー】VOL.2 吉田香織さん⑤

< 第五話 >

吉田香織<第四話>を読む


故障から学んだこと・伝えたいこと

アスリートは、他のアスリートとの戦いがある一方で、故障との戦いもある。これは、吉田香織さんも例外ではなく何度も故障と向き合った。市民ランナーにも、目標にしているレースを目前に故障し現実を受け入れることが出来ない人も少なからずいる。しかし、実業団ランナーにとっての故障は更に重く、収入を得る道を閉ざされることにも直結する事態なのである。

そのような時に、吉田さんがどうやってモチベーションを保ったのか。まずは故障歴について、

「最初の故障はチーム移籍したあとでした。筋トレ中に腰周りを痛めて2ヶ月休みました。そして、北海道で優勝した翌年の2007年正月のアルバカーキ合宿で、階段から落ちて足の親指を骨折してしまいました。これは、一週間休んでジョグを開始できました。」

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そして、三回目の故障は2012年のこと。その故障について彼女はこう振り返った。

「あの時は辛かったです。練習による疲労骨折ですが、痛みが出た時に止めればよかったと今は思います。
当時の状況は、2012年名古屋国際女子マラソンに向けて、前年から週一回以上の40キロ走により走り込みを続けていました。そして、2月初旬の別府大分毎日マラソンを30キロまで走り、その数日後のクラブ練習会で脚が痛くなりましたが、週末に招待選手として棄権のできないレースが控えていたのです。その段階では故障したと思っていましたが、走りました。

そして、その翌週の青梅マラソンはレース前のアップも出来ないくらい痛みがありましたが、優勝を目指していたので走ることにしました。序盤はトップを走っていましたが、中盤から痛みが増し、走ることも困難になりながらも何とかゴールはできました。この時は、優勝できなくて悔しいなんて感情はまったくなく、とにかく痛かった。

そして、痛みは酷くなったが、目標にしていた名古屋国際女子マラソンに出るために、一週間休んで練習を開始しました。レース当日も痛みが治まらず、走れる状態ではなかったけど頑張ろうとスタートしました。中盤からは激痛になり、ペースダウンせざるを得なくなったが意地でもゴールしようと走りきりました。

名古屋国際女子マラソンが終わって、病院で診察を受けると脛骨の疲労骨折と診断されました。しかし、すでに治っていたようです。おそらく、練習で痛みを感じた時には疲労骨折していたのです。」

と、当時の痛みを思い出しつつ話してくれた。
幸い選手生命を失うような故障にはならなかったが、紙一重の状況だったのだろう。当時のレースのことは私も記憶しているが、そのような状態であったとは初めて知った。

そして、自身が故障した経験から市民ランナーにアドバイスをいただいた。

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「自分はネガティブと思っていたけど、実は起こったことは受け入れてしまい、動じない性格だと最近気が付きました。
別の言い方をすると ‟何も考えていない"のかもしれませんけどね(笑) でもそんな風に柔軟に生きています。」
 
そして続けた。

「故障して悩んでもいないし、休むことも怖くない。休むことも練習と思って受け入れている。そして、故障したら治るまで無理せず待つべきだと思う。治るまでは、できることをするしかない。ジムで補強したり水泳で心肺機能を高めたり、できることはたくさんある。

そうは言っても、走ることを仕事にしていれば自分自身が休み
たいと思っても休めないことはある。でも、市民ランナーの皆さんは、自分が休むと決めたら休めるのです。無理しないで休みましょう。休むのも練習です。」


< 第六話へつづく >

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