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【輝く女性ランナー】VOL.9 田村瑠紗さん①

 < 第1話 >


今回紹介する田村瑠紗さん(たむらりさ: 以下 敬称略)は、田村璃紗3.jpg
フルマラソンを3時間01分14秒で走る国際ランナーだ。以前、このコーナーに登場した楠瀬祐子さんが初めてのトラック練習で1000m×6本というメニューを聞いて冗談と思い、辛すぎて練習後には泣いてしまったというエピソードを紹介したが、その時に一緒に走っていたメンバーの一人である。

私(筆者)が彼女と初めて会ったのは2012年春であるが、その時のことは今でも鮮明に覚えている。それは駒沢公園で友人が企画したミニ駅伝に参加した時のこと。彼女は真っ黒に日焼けした身体にタンクトップを着て非常に精悍であり、全身バネのような力強い走りをしていて周りのランナーとは存在感が明らかに違っていた。

そのミニ駅伝からしばらく経った6月開催のゆめのしま6時間走で颯爽と走る彼女と再会した。暑い日であったが、彼女は72キロ以上走りダントツの優勝を飾った。その翌月にも葛西臨海公園7時間走を練習として走っていた彼女と偶然出会うなど、何やら巡り合わせを感じていた。当時は、フルマラソンを含めて私は彼女より持ちタイムが速かったものの、いずれ抜かれると感じていた。そのくらい彼女は急激に速く、強くなっているのを感じたからだ。

彼女に抜かれたなと感じたのはその僅か1ヶ月後であった。
ランナーの間で"真夏の風物詩"とか"真夏の祭典"と云われている8月5日開催の第19回奥武蔵ウルトラマラソンで、彼女は6時間56分59秒という好タイムで3位入賞したのだ。

この大会は真夏に開催され、距離78キロ、そしてロードレースではありえないような激しいアップダウンを繰り返す過酷なレースである。スピード自慢のエリートランナーや、強さでは負けない自負を持つ100キロや24時間走の日本代表選手、そしてアップダウンでは他を寄せ付けないメジャーなトレイルランナーなど、普段は同じ土俵に立つことのない強者たちがそれぞれのカテゴリーの誇りを賭けて戦う異種格闘技戦のようなレースなのだ。

その舞台で、男性含めて40位に入った田村瑠紗には誰しもが驚いただろう。また、彼女は外国人選手のようなブラトップで走り、颯爽と片手をあげてゴールした姿は強く印象に残っている。

奥武蔵ウルトラマラソンを6時間台で走るランナーの多くはサブスリーどころか、フルマラソンを2時間40分前後で走るランナーばかりだ。その強いランナーたちを少なからず抜き去った田村は秋のフルマラソンで凄いタイムを出すと私は思っていたし、田村自身もサブスリーは絶対に越えられる目標だと思っていた。しかし、田村の自己ベストは2012年3月11日の名古屋ウイメンズマラソン以来止まっている。

奥武蔵のレース後、秋に入ると体調不良が続き苦しんだという。それでも制限時間90分の湘南国際マラソンのエリートハーフマラソンで6位入賞し、11月開催の横浜国際女子マラソンを3時間04分台で走ったのだから彼女の実力は底知れない。

体調を整えて、翌1月の大阪国際女子マラソンでまずはサブスリーをしようと考えていた田村であったが、2013年大阪国際女子マラソンのスタートラインには彼女の姿はなかった。国際女子ランナー田村瑠紗の時計を止めたのは、女性にとって非常に喜ばしい出来事であった。

田村璃紗2.jpg彼女は横浜国際女子マラソンからしばらくして妊娠していることを知り、2013年に出産をしたのだ。

田村はインタビューの時に子供を連れてきてくれたが、非常に活発で可愛い子であった。おそらく田村の子供の頃も同じように活発な女の子だったのだろうと想像した。

男性は大きな病気や故障、仕事や家庭の大きな環境変化がなければランニングを中断することはないだろう。中断がなければ継続して計画的に練習をしていけるが、女性は妊娠・出産・育児という喜ばしいイベントにより走ることを中断せざるを得ない場合がある。

もちろん幸せなことではあろうが、一人のアスリートとして夢が中断したことをどう感じているのか。そして、出産前と出産後で体や走りがどう変わったのかなどを話してもらったので次号以降で紹介していく。

(インタビュー・文章 新澤英典)

< 第2話へつづく >

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