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【輝く女性ランナー】VOL.6 天方美和さん④

 < 第四話 >

天方美和<第三話>を読む


大学1年生の時に初めてフルマラソンを走り、苦しくて半べそでゴールした天方美和さん(以後 敬称略)は、その時の痛みや苦しみを1年間ですっかり忘れ、大学2年生の時にも同じマラソン大会に出て、同じように苦しくて痛くて泣いてゴールしたという。さすがに学習したのか、3年生からは出なくなった。もうマラソンは懲り懲りだったのだろう。

その後、社会人になって会社のヨット部とスキー部に入部した天方は、天方さん5-1.jpg
特にスキーにのめり込んだという。
スキーといっても仲間とわいわい楽しむスキーではなく、競技スキーにのめり込んだのが彼女らしい。毎週のようにスキー場に通い、連休は合宿で山に籠ってメキメキ実力をつけてきたが、社会人3年目にスキー場で怪我をしてしまう。

それは、土曜日に開催された予選を通過し、翌日の本戦に備えて仲間と緩く練習をしていた時のことだった。
斜面の中腹で後ろから人に突っ込まれ、一瞬意識を失うほど激しく衝突。肋骨3本6箇所骨折に気胸を伴う怪我を負った。今から思えば、予選を通過して自分も気が緩んでいたのだろうとのこと。私(筆者)もスキーで怪我をしたことがあるが、それは急斜面を滑っているときではなく、気を抜いて滑っている時に発生した。トレイルランニングでも、怪我をしやすいのは急傾斜ではなくフラットの転ぶはずのないような場所でよく起こるというが、同じことだろう。

その怪我で滑ることが怖くなった天方は、スキーから遠ざかり、そしてすべての運動から遠ざかっていったという。


天方さん3-1.jpgそんな天方がランニングを始めたきっかけは、2007年、37歳のときに友人からホノルルマラソンに出ようと誘われたことだった。その時も大学時代と同様ほとんど練習しないで気軽に参加したが、苦しくて半泣きでゴールした大学時代とは違い、重い脚を引きずりながらも気持ちよく4時間半くらいで走りきったという。

2007年といえば、東京マラソンがスタートし本格的にランニングブームが広がった年だ。
しかし、彼女はレース後も特にランニングに魅力を感じることもなく、また走りたいとも思わなかったそうだ。ただ、ボランティアや地元の人々の温かい声援がとてもうれしかったことが、記憶に残った。

そんな彼女が本格的にランニングに魅力を見出したのは、2009年のことである。

その時のことを彼女はこう語った。amakata7.jpg

「2007年にホノルルマラソンを一緒に走った友人が膝を痛めてしまったのです。半年くらいリハビリをするような重傷でしばらく走れなかったのですが、2009年にその友人がリベンジしたいというので付き合いました。

今度は、自己流ですが3か月間練習してレースに臨みました。当時はちょうど仕事が忙しい時だったので、時間があるときにコツコツとジョグ中心に走りました。30キロ走も取り入れたと思います。するとサブフォー(4時間以内完走)を達成!この歳になっても、練習すれば学生時代より速く走れるんだな~と。それはもう新鮮な驚きでしたね」

今ではサブスリーランナーの天方美和が、"サブフォーランナー"になった瞬間である。

< 第五話へつづく >

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