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【輝く女性ランナー】VOL.6 天方美和さん③

 < 第三話 > 高校~大学時代

天方美和<第二話>を読む


高校に進学した天方美和さん(以後 敬称略)は、マラソン好きの父の影響で陸上部に入部するも、顧問の先生もめったに顔を出さないゆるい部だったので、よくさぼっていたという。

「当時は、部活をさぼるのがなんか格好良いと思っていのかな?amakata6.jpg
大好きな『ルパン三世』の再放送も見たかったし」

と彼女は悪戯っ子のように微笑んだ。

練習をさぼってばかりで県大会にもまったく縁の無い高校時代であったが、
「今にして思えば、この時まじめに練習しておけばよかった。そうすれば今もうちょっと速かったかもしれないから。でも、まじめに練習しなかったから今になって走っているのかもしれない。不思議ですね」
と彼女は言った。

そして大学に入学。時代はバブル全盛期。テニスサークルが盛んで、
キャンパスにはテニスラケットを小脇に抱えた学生で溢れ返っていた。
そんな中で彼女が選んだのは陸上同好会だった。今でこそ陸上サークルに入る学生は多いが、当時陸上サークルがあったこと自体が私(筆者)には新鮮な驚きだった。

なぜ陸上同好会を選んだかを彼女に聞くとこう答えた。

「みんなテニスだから違うことをしたいという気持ちがありました。それと、当時のテニスサークルはセレクションをクリアした綺麗でかわいい女性が入るような華やかな雰囲気があったので、ちょっと気後れしてしまって。迷っていた時、ちょうど他大学の陸上同好会で主将をしていた高校陸上部の先輩が誘ってくださったので、軽い気持ちで入会したんです」

しかし高校時代同様、天方は練習にはほとんど参加しなかったという。

「練習に参加した記憶がほとんどありません。でも飲み会やスキーなど、イベントにはよく参加していました(笑)」

んな学生生活を送っていた天方であるが、実は大学時代にフルマラソンを2回走っているのである。所属していた陸上同好会でトラックのオフシーズンに河口湖マラソン(現在の富士山マラソン)を走る伝統があり、大学1年と2年のときに彼女も参加をした。

amakata8.jpg当時のことをこう語った。

「先輩に誘われるまま、大学1年の11月に初マラソンに挑戦しました。小中高一緒で大学時代も同じ同好会に入った幼なじみの友だちと一緒に走りました。年に数回しか練習していなかったら当たり前だけど、途中から脚が痛くて重くて動かなくなって。でも、一歩も歩かずにとにかくゴールを目指しました。

最後は友人に手を引かれて泣きべそをかきながらゴール。4時間半くらいでした。ゴール後は身体が酷いことになっていて、まともに歩けない。歩道から車道に上がるのも無理。翌日もキャンパス内の階段を下りることができなくて、後ろ向きで下りた記憶が(笑)。

もう絶対にマラソンなんて走らないと思いながらも、1年経つと忘れてしまって、2年生の時も懲りずに走りました。練習しなかったので、もちろん同じような結果でしたけど(笑)」

どうやらほろ苦いマラソンデビューだったらしい。だが、その後の人生に大きな影響を与える強烈な体験だったのは間違いなさそうだ。今でも、幼なじみに会うと必ず、この時の手を引かれて泣きべそでゴールした話で盛り上がり、大笑いするという。

高校時代陸上部で、大学時代も陸上サークルに所属して2回フルマラソンを完走したと聞くと、すごくガチな印象を受ける。だが彼女の場合は陸上というよりも、もっとほんわかしたランニングとかジョギングとか、そういう言葉の方がぴったりくるようだ。

ランビッツ2.jpg

< 第四話へつづく >

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