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【ウルトラランナー】VOL.2 大島康寿さん⑤

 < 第5話 >

大島康寿<第4話>を読む


21時間経過以降の大島とトップの楢木選手、そして3位の赤羽選手の記録を掲載する。

 【21時間経過】
 1位 楢木選手 231.798km
 2位 大島選手 221.202km
 3位 赤羽選手 211.930km

 【22時間経過】
 1位 楢木選手 239.745km(この1時間 7.947km)
 2位 大島選手 230.473km(この1時間 9.271km)
 3位 赤羽選手 221.202km(この1時間 9.272km)

 【23時間経過】
 1位 楢木選手 249.017km(この1時間 9.272km)
 2位 大島選手 242.394km(この1時間 11.921km)
 3位 赤羽選手 230.473km(この1時間 9.271km)国立競技場.jpgのサムネイル画像

 【24時間経過】最終結果
 1位 楢木選手 258.687km(この1時間 9.67km)
 2位 大島選手 252.230km(この1時間 9.836km)
 3位 赤羽選手 241.420km(この1時間 10.947km)

上記の途中経過と最終結果を見ればどのようなレースであったか見えてくる。
21時間の段階で、余程のトラブルがなければ1位の楢木選手と2位の大島の順位はほぼ決まっていたが大島は諦めなかった。もちろん最低でも250キロのX標準記録は超えたいという気持ちもあったが、優勝したいと強く思っていたのである。21時間までの間も有力選手が次から次へと脱落していく厳しいレース展開であったのだから、自分さえ走り続ければきっとチャンスはくると思い、大島は必死に耐えたのだ。

21時間を超えてトップの楢木選手の走りに変調が出始め、22時間までの1時間で大島は1周差を詰めた。まだ7周差があるが、まだ2時間ある。ラスト2時間を切ったところで大島は勝負をかけたのだ。既に22時間・230キロを走っているというのにどこにそんな力が残っているのだろうと、走っているランナーはおろか運営スタッフをも驚かせる走りであった。中盤以降の厳しい時間帯は1キロ6分少々のペースで走っていたが、22時間経過を合図にキロ5分ペースに引き上げたのだ。大島はこう語った。

「トップを走る楢木さんのペースが落ちてきたので差を詰めるチャンスと思いました。ラスト2時間で7周の差がありましたから現実的には厳しいのは分かっているけど、厳しい時間帯で自分がスパートかければ楢木さんだって焦る。またあの時、順位はもちろん意識していたけど、自分に負けないように絶対に250キロは走りたいという気持ちでスパートしました。」

そのスパートによりこの1時間で大島は12キロ近く走ったが、トップの楢木選手もY標準の260キロ目指して一度は落ちたペースを立て直したため、2周差を詰めるに終わった。この段階で大島は250キロまであと8キロ弱となり、いよいよ250キロ超が現実味をおびてきたのである。
ラスト1時間は上位3人が意地の走りをしたため、ほとんど差は変わらないままレースは終了した。

遂に大島は、6回目の24時間走挑戦で250キロオーバーのX標準を達成したのだ。
レースを終えた時の気持ちを大島はこう語った。

大島さん第2話-1-1.jpgのサムネイル画像「日本には24時間走で250キロを走るウルトラランナーは10人近くいる。やっと肩を並べる事が出来た。ホッとしている。誇れる記録じゃないけど、自分に足りないものは過去のレース経験から少しは克服出来たと思う。でも今回、(世界選手権の出場権獲得のために)250キロ以上3位以内と言う最低条件があった為、どうしても慎重にならざるを得なかった。24時間走はイーブンペースが鉄則かもしれないが、自分の追い求めるレースは楢木さんのように前半から攻める走り。潰れるかもしれないが、大記録も狙えるからだ!見ていてもスカッとするし。慎重に走る自分が嫌になった。」

大島は4月11日から12日にかけてイタリア・トリノで2015IAU 24時間走世界選手権を走るが、その時には前半から攻めて大記録を狙って欲しい。

第6話からは、大島がなぜウルトラマラソンを走るようになったのか、そして彼が行っている一般のランナーには想像もできないような練習内容や今までに走った過酷なレースについて併せて紹介していく。

< 第6話へつづく >

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