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【市民アスリート】VOL.2 向井孝明さん③

 < 第三話 > プロランナーを目指して

向井孝明<第二話>を読む


その後、吉木氏から2004年3月のソウル国際マラソンに誘われ、アマチュア部門(実業団やプロを除く)で2時間23分の記録で優勝した。「韓国ならその記録で実業団選手になれる」という現地の方の言葉を真に受け、一度は諦めた実業団への道へ進むべく、当時勤めていた会社を退職した上での韓国行きを決意したという。

当時の計画はこんな感じであった。

「韓国の実業団チームに入るためには、まず知名度を上げる必要があるmukai1.jpg
と考えました。そのために韓国の各地のレースを転戦して勝ち続けることで注目を得ようと思ったのです。国籍を変えることも厭わない勢いでした(笑)。」

「そんなことを話す自分に対して、心配した周りの人から『負けたらどうする?』と言われれば『絶対に負けない!!』と答え、『怪我したらどうする?』と言われれば『大丈夫怪我しないから』と答えていました。超ポジティブというか、もう自分の中では韓国へ行くことは決まっていました。」

市民ランナーからプロランナーへ

韓国行きの準備をしていたところ、またもやと言うべきか、アトミクラブのメンバーとの出会いにより、(株)モンテローザ陸上部(実業団)への誘いを受けた。
韓国行きを決意したのも実業団で走りたいが故であり、この誘いは非常に嬉しかった。しかし、その時点で既に韓国行きのビザ発給や現地での生活の準備を進めていたため、3カ月だけ現地のレースを転戦する生活を送った後に同社へ入社することになったという。

韓国に渡り、週末は全国各地のレースで賞金(30万ウォン~100万ウォン)を稼ぎつつ、平日は朝夕に練習し、午前中は語学学校に通う生活を送った。また、地元のランニングクラブのメンバーと一緒に練習や大会に参加し、走った後はビールではなく焼酎で韓国人ランナーとの交流を楽しんだ。

mukai3.jpg向井は、週末のレースでは無敗だったという。
当時の韓国は月に150万ウォンで生活できたので、賞金で十分生活費は賄えたというからまさしくプロランナーであったのだ。

そして、2004年10月。韓国人ランナー100人と共に参加した北京マラソンに、ソウル国際マラソンからの派遣選手として参加し、2時間19分11秒(現セカンドベスト、当時は自身初の2時間20分切り)を記録した。

「嬉しさのあまり、大会当日は爆弾酒(紹興酒や焼酎、ウィスキーなどの度数の高いお酒を混ぜ合わせたもの)を韓国人に注がれるままに飲んだり、翌日は万里の長城で急激な坂ダッシュをするなど、無茶なことをしていました(笑)」

< 第四話へつづく >


☆向井さんが手掛ける『㈱モンテローザ ランナー応援プロジェクト』とは?
⇒詳しくはこちら http://www.monteroza.co.jp/marathon/

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