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【ウルトラランナー】VOL.2 大島康寿さん⑧

 < 第8話 >

大島康寿<第7話>を読む


大学を卒業してからの大島は、市民ランナーとも呼べないような生活を送っていた。群馬県民マラソン前の1ヶ月間だけ練習し、大会が終わると11ヶ月間走らなかった大島にある転機が訪れたのだ。

高校時代の後輩であった西田隆維氏が、駒澤大学のエースとして箱根駅伝で初優勝(9区区間新)し、実業団チームに入った1年目の別府大分毎日マラソンで2時間8分45秒という素晴らしいタイムで優勝したのだ。高校時代から凄いランナーだと思っていたが、実業団に入っていきなり結果を出す西田氏に大きな刺激を受けたのだ。彼は当時を振り返った。

「高校時代一緒に練習したり遊んだり身近な存在だったけど、別大マラソンで優勝大島さん14-1.jpgのサムネイル画像
して世界選手権に出場して、嬉しい反面どこか遠くへ行ってしまったようで悲しくもなった。テレビに映る姿は目標に向かい輝いていたし、楽しそうに見えた。」

そして、大島は自分もマラソンを走りたいと考え、まずはスポーツショップでマラソンシューズを買うことにした。それまで履いていたのは、大学時代に使っていた駅伝用の薄いソールなのでマラソンには厳しいと思ったのだ。大島がスポーツショップのスタッフにマラソンを2時間40分で走りたいと話したところ、タイムを聞かれたのでハーフ1時間15分と伝えた。すると、「そのタイムでは2時間40分は無理だよ。走れても3時間だよ」と言われ非常に悔しかったという。

当時の大島は、年に1ヶ月だけの練習でハーフマラソンを1時間15分で走っていたのでマラソンも2時間40分で走れる自信があったのだ。そのスタッフがどのような根拠で『走れても3時間だよ』と答えたのかは分からないが、大島は絶対に切ってやる、と闘志を燃やしたのだから結果的には良かったのだろう。


そして、25才の時に渡良瀬遊水池マラソンで初フルデビューを果たした大島は、ハーフ通過を1時間15分前後で突っ込んだが、30キロ以降失速し2時間43分台でゴールした。そのレースをきっかけに再び走ることが楽しくなり、ハーフマラソン中心にレースを重ね1時間12分で走れるようになった。数年後には、フルマラソン2時間32分44秒とタイムは順調に伸びたのだが、大島の中には何か煮え切らないものがあったという。

大島さん3-1.jpgこのままフルマラソンを走っていてもトップにはなれないと大島は思ったのだ。自分にはフルマラソンで勝負できるスピードはない。ただ、持久力には自信があるからウルトラマラソンで勝負してみたい、と。

初めてのウルトラマラソンの舞台は2005年のチャレンジ富士五湖ウルトラマラソン(72キロ)。序盤から先頭集団で走り、見事4位に入ったのだ。この時のことを彼はこう振り返った。

「初めてウルトラマラソンを走って、ようやく自分の居場所を見つけたと感じました。高校、大学と日の目をみなかった自分が、輝ける舞台をようやく見付けることができたのです。嬉しかったです。」

その後、野辺山ウルトラマラソン等合わせて4回ウルトラマラソンを走った後、日本代表を狙って2008年のサロマ湖ウルトラマラソンに挑戦した。結果は7時間20分で8位と、代表には選出されなかったが良い感触を掴むことができていた。

そして、練習を積んで自信を持って臨むことができた翌年のサロマ湖ウルトラマラソンでは、7時間12分で2位に入り、念願の日本代表の座を得たのである。

< 第9話へつづく >


 
 
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