ページ内を移動するためのリンクです。

【市民アスリート】VOL.2 向井孝明さん②

< 第二話 > 大学~市民ランナー時代

向井孝明<第一話>を読む


向井孝明(敬称略)の高校時代は、すべての情熱を陸上に注ぎ込んだが記録はほとんど伸びなかった。
大学で陸上を続けるかやめるか迷った末、箱根駅伝を夢みて明治大学へスポーツ推薦ではなく指定校推薦で入学した。

大学時代(1998~2002年)

大学では、周りの選手の生活の(良い意味での)いい加減さに感化され明治大学時代1.jpg
頑張った練習の後は嗜好品も口にし、お酒も飲みに行ったりした。高校時代が真面目過ぎたため、最初はそのいい加減さに戸惑ったという。

また、家庭の事情からアルバイトをする必要があり、高校時代ほど競技に集中する訳にはいかなかったが、いつの間にか貧血の症状が改善され記録も伸び、3年生の夏には5000mで14分38秒、秋には10000mで29分37秒を記録した。向井の在学中には箱根駅伝出場は叶わなかったが、現在の駅伝強豪校である明治大学に基礎を作ったのではないだろうか。

そして、高校時代に苦しんだ「努力は報われない」との思いもいつの間にかなくなり、実業団での競技継続を考えるようになったという。

明治大学時代2-3.jpg当時のことを向井はこう語った。


「当時の自分は身の程知らずもよいところで、強い実業団チームで走りたいと
思っていました。誘っていただいた実業団チームもあったのに、高望みをして
いたところ行く先がなくなってしまったのです。

結局は一般企業に就職しましたが、全ては自分が決めたことなので、
誘っていただいた実業団チームを断ってしまったことを馬鹿げた行為だとは
思いながらも、後悔することはありませんでした。」


就職後(市民ランナー期間)

就職後1年間はほとんど走ることはなかったが、毎日、会社と家の往復の生活に物足りなさを感じてきたことから、思いつきで山中湖ハーフマラソンにエントリーした。3カ月ほど練習をして臨んだが、思うような走りができず6位であった。順位は特に嬉しいとも悔しいとも感じなかったが、学生時代は66分台の記録であったのに、70分台でしか走れなかった自分自身に対して悔しかったという。

ただ、その後、運命的な出会いをした。

現在吉田香織氏が勤務する創芸社の社長・吉木氏との出会いで『アトミクラブ』というランニングクラブへ誘われて、2003年6月に入会した。その時に市民ランナーの存在を初めて知り、「この人たちは何のためにこんなに辛いことをするのだろうか?」と疑問に思いながらも、練習会や懇親会に参加しているうちに市民ランナーとして走ることの楽しさを知ったのだった。

実は吉木氏の誘いに最初からのってアトミクラブへ入会した訳ではない。あるとき、ランニング雑誌「クリール」に載っていた韓国人ランナーの記事を見て「韓国の大会を紹介して欲しい」とメールを送ったところ、紹介されたのが執筆者の吉木氏であった。そして、再開したときに再度アトミクラブに誘われたことで入会したという。
人間の縁というのは不思議なものである。

向井はこんなことも話した。アトミ.jpg

「大学時代からビールは飲んでいたが美味しいとは思わなかった。ただ盛り上がるために飲んでいました。しかし、アトミクラブに入って練習後の懇親会でビールを飲むとホント美味いと感じました。また、内向的で人見知りであった自分が、共通の趣味があると初対面の人とも気軽に打ち解け合うことができるのが自分自身すごく不思議でした。」

彼は、多くの社会経験豊かな市民ランナーと触れ合うことで成長していったのであろう。


< 第三話へつづく >


☆向井さんが手掛ける『㈱モンテローザ ランナー応援プロジェクト』とは?
⇒詳しくはこちら http://www.monteroza.co.jp/marathon/

  • あなたのRUNの前に。ランニング時のコンディションをサポート 持久系アミノ酸BCAA配合【Amino-Value】大塚製薬の公式通販『オオツカ・プラスワン』 通販限定商品も!ご購入コチラ