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【市民アスリート紹介】VOL.1佐熊康生さん⑤

<最終回>

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飛 躍

2010年の福岡国際マラソン参加は叶わなかったが、2011年大会の参加を目指して、佐熊さんは11月のつくばマラソンにエントリーした。
福岡国際マラソンの参加資格タイムは2時間42分以内であり、東京マラソンで出したタイムを約3分短縮しなければならない。これは5キロあたり約21秒である。4時間で走るランナーにとっては、5キロで21秒短縮するのはさほど難しいことではないが、5キロを19分少々で走るレベルになると21秒の短縮というのは非常に難しい。それをクリアするためにスピード強化を行ったという。

nittai2 縮小1.jpgそして、レース前は練習し過ぎないようにし、疲れたら無理せず練習内容を変更して疲労を抜くことを最優先したことで、調整は順調に進みレース前日を迎えた。

前日練習として、少し刺激入れをしたという。内容は、5キロジョグ後、流し150m×3本。10分間休憩を挟み、1キロ3分20秒を切るペースでの刺激を入れ、ダウンジョグで終了した。(現在は、4キロジョグのあと 400mの流し程度で終了しているが、当時はこの練習内容が効果的だと思っていた。)

しかし、理由は分からないが何故か脛の張りが強く、頭はボーと血が上る感じがし、胃ももたれている。「なぜ?」と頭は混乱したが、食べ過ぎによる血糖値の高騰でインシュリンが多く出ているのだろう、と出来る 対処をして早めに寝たところ、レース当日には体調が回復したという。

2010年11月28日、午前9時30分。つくばマラソンはスタートした。
今まではタイムや記録はどうでも良いと考えていたが、今回は、翌年の別府大分毎日マラソンで攻めの走りができるよう、確実に2時間42分を切る走りに徹したという。そのため、体力を温存できるペースを維持したが最後まで持つかどうかは正直不安な戦いであった。大会時のラップを拝見すると、スタートから5キロごとのラップは19分07秒、18分56秒、19分02秒、18分47秒と体力を温存しながらも、ハーフ通過は 1時間20分12秒であり、予定通りの展開であったことが分かる。

その後、気温が上がったこともあり、体力が徐々に奪われ、19分01秒、19分06秒、19分24秒とラップが落ちてきている。

「このままでは2時間42分は切れない、と35キロからの5キロは必死でペースアップを試みて19分13秒と気合で持ち直し、40キロからラストを8分54秒で粘りゴールした。」と彼は語った。ゴールタイムは、2時間41分36秒(40位)!今度こそ、念願の福岡国際マラソンの切符を手にした。

2014焼津ハーフ 修正.jpg普通なら感動する場面であるが、佐熊さんは違った。
「福岡国際マラソンの権利獲得だけを考えてタイムを追うだけのレースだったからか、面白くないレースであり感動は無かった。しかし、このレースで24秒の重みを知った。42.195キロという長いレースでありながら、たった24秒遅かったらすべてが台無しになる。仕事も、最後の詰めや確認が甘く何か一つが足りなかったら台無しになるのと一緒である、と大きな教訓を得た。」と、当時を振り返った。

余談であるが、この時、同タイムのランナーがおり、翌年の別府大分毎日マラソンでも同タイムであったという。42.195キロも走ってまったく同タイムというのも凄いことだが、次のレースでも再び同じタイムということで不思議な縁を感じたとのこと。

その後、佐熊さんは何度か体調を崩すことはあったが、無理に練習はしないで体調を整えることを優先することで徐々にタイムを伸ばし、フルマラソン2時間35分53秒まで伸ばすことができた。そして、『いかに自分の肉体を解放する事ができ、思い通りの自然な動きが出来たかを追求する』という自身の理想にも近づいてきているという。彼のチャレンジは、これからもまだまだ続いていく。

マラソンを始めて変わったこと

佐熊さんは、マラソンを始めて変わったことをこのように語った。

「もともと打たれ強かったが更に強くなった。辛いことも表に出さないで受け入れ、前に進めるようになった。また、ランニングを通じて得た仲間との交流により、いろいろな世界が見えてきた。上辺だけではなく本音で話ができ、一生付き合っていけるような友人も得ることができた」と話す。

現在は、7年前にジム仲間が立ち上げたランナーズチーム【DreamRunnersAC】の代表をヒョンな流れから任され、合宿、練習会、駅伝メインで取りまとめている。そして、3年前からは『アトミクラブ』練習会にも参加し、同級生・年代別1位~6位までがひしめく仲間と切磋琢磨しながら、月二回位は顔を出す。頼まれると断れない彼は、そこで知り合った友人の紹介で『エアラン東京』のコーチ(ペーサー)もしており、こちらにも月二回は顔を出している。

「アトミクラブでのレースの様な高強度練習と、自分の練習とは異なるペースでのペーサー役の両方をすることで、レースのペース感覚を養っていると強く感じています。エアラン東京の練習後には、田中代表(現サンベルクス、ヘッドコーチ)から短いが的確なアドバイスを貰い、ピンポイントだが確実に効率の良い走りに役立ってると強く感じています。」と佐熊さんは話す。

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ランナーへのアドバイス

「仕事もマラソンも遠回りすることは無駄ではないが、時間は有限なので、極力最小限の努力で最大の効果を得ようと考えています。ただ、それはやってみないと分からないこともあるので、無駄と思ってもまずは自分でやってみます。結果として失敗しても、ただでは起きずに何かを掴んで起きるようにしています。そして、仕事もマラソンも努力は惜しまないようにしています。」

最後に、練習方法に関するアドバイスもいただいた。

「坂道トレーニングは、効率的に心肺機能・スピード強化・脚筋強化ができるのでお薦めです。また男性サブ3、女性サブ3.5まではビルドアップ10キロ走がお薦めです。2キロごとにペースを10秒上げて、最後はハーフマラソンの目標タイムで走れるようにする。例えば、1時間30分が目標であれば平均ペースは1キロ4分15秒なので、4分55秒でスタートし最後は4分15秒で走る。また、レベルに関わらずその人なりに追い込んだ練習は必要だと思う。ジョギングだけでは速くなれない。練習できる身体にしてから練習を始めることも効率的である。練習できない身体で追い込んだ練習をすると、故障に繋がりしばらく練習ができなくなってしまう。私自身、追い込んだ練習をする前に全身の骨格アライメント調整をしたのは良かったと思っている。そして、目標とするレースから逆算して練習計画を組み立てるのが重要であり、走れているイメージが出来るかどうかが大事。その場でタイムを出したいとかでは長くは続かない。」

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最後に

陸上競技の経験がない佐熊さんが、まったくの初心者から市民エリートランナーになることができたのは、ひと言で言い表わすことはできないが、『ノリと付き合いの良さ(断れない性格)』と『凝り性』という佐熊さんの性格に因るものが大きな要素を占めているのだろう、とインタビューを通して感じた。

誰しも、彼と同じように「二度とやらない!」と思ったことは多々あるはず。そして、実際に二度とやらなくなる人は多い。しかし、佐熊さんは数日経つと、「出来ないまま」「痛いまま」終わるのが嫌で、どうすればできるのかと考えるのだ。人に負けるのが悔しいのではなく、出来ないままやめることを受け入れる自分自身が嫌なのだ。インタビューの中でこんな言葉があった。

「もし新澤さん(=聞き手)に負けたとしても悔しいとは思わない。頑張ってレベルアップした新澤さんをリスペクトする。自分は自分基準で高めていきたい。」
   
今回のインタビューを通して、数年来の付き合いのある佐熊さんをより深く知ることができ、私自身たくさん掴むものがありました。この記事を読んで感じることは人それぞれだと思いますが、何かを掴んでいただけたなら幸いです。

<完>


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