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【輝く女性ランナー】三浦あずささん・特別編<前>

 < 前編 >

三浦あずさ<第1話>を読む
三浦あずさ<最終話>を読む


以前ランナーリレーで紹介した『三浦あずさ』さんが、東京マラソンで念願の自己ベスト更新しました!
その嬉しい知らせとともに、そこまでに至った経緯を交え、2回に渡り特別編をお届けします。

※写真は【輝く女性ランナー】VOL.8 楠瀬祐子さん(左)と三浦あずささん↓

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三浦は長期間に及ぶスランプで一度は失った国際女子マラソンの三浦さん楠瀬さん.jpg
参加資格を再取得し、1月の大阪国際女子マラソンでフルマラソンの自己ベスト更新を狙っていたのだが、直前の故障でスタートラインに立つことが出来なかった。その後、気持ちを切り替えて2月の東京マラソンに照準を合わせ、見事自己ベストを更新したのだ。

ランナーリレー(第10話・第11話)でも紹介したように、昨年の10月から12月まで三浦は絶好調であった。三浦が東京マラソン準エリート枠を獲得した上尾シティハーフマラソンでは私(筆者)も一緒に走ったが、自己ベストを大きく更新する素晴らしい走りであった。年末の練習会でも調子よく、大阪国際女子マラソンに良い状態で臨めるだろうと私も思っていたし、三浦自身も自信を持っていただろう。

三浦から連絡があったのは故障した当日であった。かなりショックを受けていたが、その時の三浦は何とか大阪国際女子マラソンに間に合わせようとしていた。
当時のことを三浦はこう振り返った。

「大阪国際を週末に控えた火曜日にアクシデントが起こりました。最終調整の5000mペース走を行なうため織田フィールドに行き、アップをしたら左脚に違和感があったので、すぐに走るのをやめて、ストレッチしました。その時は大丈夫だろうと本練習の準備をしてスタート地点へ向かいましたが、歩くのも痛くなったので即座にその日の練習はやめて帰ることにしました。

しかし、着替えの間にも痛みはどんどん増し、織田フィールドから原宿駅までの道も痛くてまともに歩くことができず、止まっては歩いて、止まっては歩いてで30分も掛かりました。
そのときは自分に何が起こっているのか理解したくないし、混乱してました。今週末、本命レースなのに・・・。

翌朝起きた時に治っていてくれたらという淡い期待も虚しく、やっぱり歩くのもやっと。とても走れる状態ではなく、木曜日になっても状態は変わらず、認めたくなかった大阪国際の欠場を考え始めました。

三浦さんレース_2.jpgレース二日前の金曜日、歩くのは少し痛いけど少し回復傾向になったので、スポーツ整形外科へ診察に行きエコーを撮ったところ、骨膜炎と診断されました。医師に『明後日の大阪国際は諦めるとしても、東京マラソンは走りたい』と伝えたら、『出たいならロキソニン(痛み止め薬)だね。』と言われてしまいました。そんなに酷いのかとがっかりでした。

その日の夜、悩んだ末、大阪国際の欠場を決めました。無理して万全でない状態で走っても記録は望めないし、悪化したらせっかく準エリートで走れる東京マラソンまで棒に振る、それだけは回避したい、という結論でした。

大阪に行って直前で決めるという選択肢もあったけど、すごく楽しみにしていたスタートラインを目の前に、あっさり止めるような心の強さは持ち合わせてないので苦渋の決断でした。

まだ大阪を諦めたくなくて藁にもすがる思いでいた木曜日に、知人のスポーツアロマセラピストから治療効果の高いアロマを購入して使い始めたところ、大阪を走らないと決めた金曜日から一夜明けた土曜日に急激に回復してきて痛みもほぼ引いたので、ジムでバイク60分。日曜日には痛みゼロに!恐る恐るゆっくりジョグしたら20kmも走れちゃいました。あんなに痛かったのはなんだったのだろう、大阪走れたかもと思いましたが、やっぱりリスクが大きいからやめて正解だったと思ってます。」

大阪国際女子マラソンを走りたいと一生懸命練習してきた三浦にとっては苦渋の選択だったと思うが、自分で決めたことだから後悔はなかったと思う。痛みがひいたのだから普通に走れたかもしれないし、痛みが再発し長引く故障になったかもしれない。こればかりは誰も分からない。また、三浦の場合は東京マラソンが控えていたのだから良い選択だったのだろう。

< 後編へつづく >

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