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【トレイルランナー】上田瑠偉さん③

 < 第3話 >

上田瑠偉<第2話>を読む


ハセツネ(日本山岳耐久レース)大会新記録を出すなど、トレイルラン界の新たなスター選手に駆け上がっている上田と会ってまず感じたのは、非常に礼儀正しい青年であるということ。これだけ注目を浴びる選手でありながら、驕りはなく謙虚さを持っているのだ。それは、謙遜やそう振る舞っているのではなく身に付いたものであることは分かる。こんな青年にあったのは久しぶりだ。これは彼自身の性格でもあろうが、両親や指導者の教えから身に付いたものであろう。

上田は1993年10月3日に長野県大町市で生まれた。
1993年といえばJリーグが開幕した年であり、カズ(三浦知良選手)やラモス(ラモス瑠偉選手)らの活躍でサッカーブームが沸き起こった年である。

そう、上田瑠偉の『瑠偉』という名前は、サッカー好きの父が上田さんサッカー.JPG
ラモス瑠偉のような偉大なサッカー選手になって欲しいという思いから付けたという。父親の期待通り、小学校1年からサッカーを習い始めた上田は6年間スポーツ少年団でプレーし、中学に入ってからは大町市のクラブチームで活躍した。

サッカーに熱中していた上田が陸上競技に出会ったのは小学校三年生のときである。地元で開催された陸上大会の1000mにサッカーの体力作りになると出場したのがきっかけだった。大会2週間前から授業の前に朝練習をしただけであったが、毎年参加した上田は六年生の時に優勝したという。そして、県大会に出場し3位入賞を果たしたのだ。

中学に入学した上田は地元のクラブチームでサッカーを続け、ますますサッカーに打ち込んでいったという。そして、ここでもサッカーの体力作りとして入部した陸上競技で頭角を現してきたのだ。

転機が訪れたのは中学3年の秋。高校進学を考え始めた上田は、毎年県大会ベスト8に残る県立高校でサッカーを続けたいと考えていたが、11月頃、当時佐久長聖高校監督であった両角監督、コーチの高見澤コーチにスカウトされたのだ。サッカーを続けるか、陸上に専念するか心が揺らいでいた上田に、父親は一言「陸上とサッカー、選ぶなら日本一を目指せるところに行ってこい。」と背中を押してくれたのだ。(この年、佐久長聖高校は全国高校駅伝で前年の同タイム2位の屈辱を晴らし、日本高校記録で優勝した。)

陸上に専念することにした上田はスカウトされた後の12月に、年明けに広島で開催される第14回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会の選考を突破し、長野県チームの中学生代表に選ばれたのだ。
そして、大会当日は中学生区間(2区・6区)のうち6区を走り、5区の村澤明伸選手(現在 日清食品所属)から1位で襷を受け取った上田はそのまま1位でアンカーの上野裕一郎選手(現在 DeNA所属)に襷を繋ぎ、長野県チームは大会新記録で優勝したのだ。

早稲田同好会6.jpgのサムネイル画像この時の感動から上田は完全に駅伝にはまり、高校でもう一度日本一になりたいと思うようになったという。

この時の記録、2時間18分43秒は現在でも破られていない。

私(筆者)もこの年の都道府県対抗駅伝のことはよく覚えている。上記メンバーの他に、千葉健太選手(現在 富士通所属)、上田と共に中学生区間を走った両角駿選手、佐藤悠基選手(現在 日清食品)、平賀翔太選手(現在 富士通所属)など錚々たるメンバーを揃えた長野県は、5区の村澤選手がトップに立つと、その後の中学生が2位の兵庫県に差をつけてアンカーに襷を繋いだ。その中学生が上田瑠偉だったのだ。

< 第4話へつづく >


 
 
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