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【ウルトラマラソンランナー】永田務さん⑩

 < 第10話 >

永田務<第9話>を読む


医師から、事故で怪我を負った右腕は『化膿したら切断』と宣言された永田務。
「熱や体の変調に恐怖を感じていました。同時にこの苦しみから逃げたく、切断したいとも思っていました。」と当時を振り返った。

手術への恐怖心から毎日が絶望の淵にあった。彼は10回の大手術を行ったが最初の手術が一番苦しかったという。局所麻酔なので全てが聞こえるから、今まで感じたことがない恐怖の連続であったのだ。

永田は当時のことをこう語った。

「この頃は再び走れるようになれるとか考える余裕は全くなく、腕がなくなったらどうしようとか、これからどうするのかとか考えれば考えるほど暗くなっていきました。」

永田は最初の病院で3回手術をしたが、そこは地元の病院で入院患者は老人ばかりであったことから、なんで自分ばっかりこんな苦しい思いをするのかと思っていた。だが、転院した病院は全国的に有名な病院であり、永田と同じようなケガをした患者がたくさんいたので、すぐに仲間になったという。そして、手術内容などを経験談のように話し合っているうちに、気持ちが解れてきたという。時を同じくして、徐々に動けるようになったのでリハビリを開始したのだ。

入院生活は1年に及び、それからは手術ごとに入院とリハビリを繰り返し、完全に病院に行かなくなるまで2年間かかった。

彼は再びケガをする前のように走れるよう、入院中は病棟を歩き回ったという。走れないので、走る真似をして早歩きをすると5分で息が切れた。腕を吊ってる状態だから汗をかくことはできず、また脚の筋肉や皮膚を腕に移植したから脚の突っ張りが酷く歩くのも大変だったという。

フルマラソンを2時間27分で走った永田が、5分の早歩きで息が切れて永田さん第7話2.jpg
しまうのだから辛かったであろうが、彼は当時のことをこう話した。

「あの頃は運動できるのが嬉しかった。今までは治療のことしか考えられなかったのに、再起に向けて考えることができるようになったのだからホント嬉しかったです。」

永田は再び走れるようになると信じ、前向きに考えていたのだ。そして、日々の成長を感じ、出来ないことが出来るようになった嬉しさを噛み締めながらリハビリを頑張ったのだ。5分走って息が切れなかった時の感動は今でもはっきり憶えているという。

そして永田は続けた。

「入院中は、病棟から河川敷を走っているランナーを見ると自分も走りたいとずっと我慢していました。元の世界に『戻れる』じゃなくて『戻す』としか考えていませんでした。自分がやらなきゃ戻れない。リハビリは苦しいけどやるしかない。」

1キロ走れるようになった永田は、一生懸命走っても5分を切るのが精一杯の自分の身体にショックを受けながらもリハビリを続けたという。

永田さん第10話2.jpg「止めたいと思ったことはないです。空しさはあったけどやり続けるしかないと思っていました。やる度に遅いなりにも少しづつ変わってくるのが励みでした。」

永田は、絶望の淵から徐々に這い上がってきたのだ。永田がなぜこれほどまでに頑張れたかというと、元のように走りたいという気持ちはもちろんだが、多くの仲間からの励ましに報いたいという気持ちからだったという。

「付き合いの長い地元の仲間だけではなく、つくばマラソンでしか会ったことがないランニングクラブの仲間までも自分の復活を信じて応援してくれたのです。暗くなっている暇はなく、復活して元気な走りを見せたいという一心でした。今でも当時のことは感謝しています。」

と永田は当時の気持ちを語った。

< 第11話へつづく >

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