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【ウルトラマラソンランナー】永田務さん⑨

 < 第9話 >

永田務<第8話>を読む


2010年11月28日開催のつくばマラソンを2時間27分36秒で永田さん第9話1.jpg
走り3位入賞を果たした永田務は、翌年3月開催のびわ湖毎日マラソンの参加資格を得るなど2011年のレースに向けてワクワクした毎日を送っていた。
(※びわ湖毎日マラソン参加資格:マラソン2時間30分以内、ハーフマラソン1時間10分以内、他)

また、『当時は外の世界に出れば時間に縛られず、とにかく自由って思っていました。』と、自衛隊を辞める時に考えていた永田にとっては、つくばマラソン会場で初めて出会った多くの市民ランナーのチームメイトに『ツッツ』と親しみを込めて呼ばれたことがとても嬉しかったという。

その頃のことを永田はこう振り返った。

「ツッツと親しみを込めて呼ばれて嬉しかったのと、久しぶりに自己ベストを出し、次のレースびわ湖マラソンのことを考えていて、仕事に対して集中力を欠いていたのでしょう。」

そして、悲劇はつくばマラソン9日後の2010年12月7日に起こってしまったのである。

当時、永田は工場で働いていたが、朝礼が終わり、その日に限って一人で缶プレスの作業をすることになったという。12月7日は、朝からとても寒い日で永田は何枚も重ね着をした上に、さらに分厚いカッパを着て寒さを凌いでいたのだった。

その時のことを永田は語った。

「機械を動かしていると缶が下に落ちず、ずっとカランカランいってる音が気になりました。そして停止ボタンを押さず、叩き落とせば終わると思い、缶を右手で叩こうとしたのです。その一瞬の出来事でした。なにか物凄い力に引っ張られ、気付いたら聞いたこともない音とともに腕が巻き込まれていったのです。

ただただ助けを求めました。でもそこは機械の騒音で声なんて届かない場所でした。しかし、もう一人の社員がリフトを返しに来て事故に気付いてくれたのです。運がいいとしか言えませんでした。
緊急停止を押して、腕を抜いてくれました。すぐ横たわると、今まで感じなかった痛みが襲ってきました。」

永田さん第9話-2.jpg病院に運ばれ手術を繰り返した永田であったが、自分のケガについてあまり考えていなかったという。彼は当時を思い出しながら語った。

「大変なケガをしたことは分かっているけど完全に現実逃避していました。医師から処置室で傷を消毒してもらうときも、顔を背けて傷を見ようとしなかったのです。当時看護師から薦められて書き始めたブログを読んでも、内容が暗くないのです。そんな大事とは思ってもなく、いつから練習できるかなんて考えていました。」

そんな永田を見かねて医師は、『いい加減見なさい』と厳しく告げ、事故後初めて右腕を見た永田はあまりに酷い状態に目の前が真っ暗になったという。

その後、永田は医師から『化膿したら切断』と宣言されたのだ。

< 第10話へつづく >

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