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【ウルトラマラソンランナー】永田務さん⑥

 < 第6話 >

永田務<第5話>を読む


最後の記録会で14分台が出せなかった永田務は、親との約束により大学進学して箱根駅伝を走る夢は消え、就職することになった。しかし、箱根駅伝は諦めたが走ることを止めたくない永田は、陸上部の顧問に陸上部のある就職先を相談したところ自衛隊に入ることを勧められたという。そして永田は、自衛隊で陸上を続ける道を選んだのだ。

入隊後、永田はまず教育隊に配属になり、そこで基本動作など徹底的に訓練した。
その当時、永田が入隊した自衛隊は自衛隊の全国駅伝大会に向け激しい練習をしていた。永田もその駅伝メンバーに選抜され教育隊の期間が終わると練習に加わることになった。そのとき永田とともに2人の同期が加わったという。

一人は箱根駅伝の9区を走った実力者の駒形氏であり、もう一人は永田と同じく永田さん自衛隊-3.jpg
高卒の同期であったが入隊直後の春に自己ベストを既に出し、5000mを14分台で走った大関氏であった。

永田は二人についてこう語った。

「駒形さんはとにかく人に流されない人でした。大学からのスタイルとかもあったでしょうけど、メリハリのある方でした。自分はよく駒形さんと練習をさせてもらっていましたが、最初はこの人のノウハウをすべて学ぼうと小さい行動も見逃さないようチェックしていました。すると、自然とメリハリをつけられるようになりました。

また駒形さんは熱い人で、自分が大ブレーキをしたニューイヤー駅伝北陸地区予選では、襷を渡した駒形さんが中継所を通っていった時に自分達に向かって『絶対諦めねーぞ!』って叫びながら走っていった姿は今でも脳裏に焼き付いています。」


永田さん同期4.jpg「大関はとにかく不思議な男でした。同期3人は同部屋だったのですが、いつも部屋の隅っこにずっと一人で座っていました。ただ陸上のことになると真剣でした。あの男から見習わなきゃいけないと思い、今も大切にしていることがあります。それは絶対に信念を貫くこと。自分が信じている道を進むことです。」

永田は、当時のことを最初は一つ一つ時間をかけ思い出しながら話したが、次第に昨日のことのようにスラスラと話し始めた。記憶の扉が開いたのであろう。

そして、永田は付け加えた。

「自分が一番まともだと思っていましたが、同期3人とも部隊で変人扱いされていたと後々聞きました(笑)」

負けず嫌いの永田は、そんな強力な同期を意識するとともに刺激を受け、一年ごとに自己ベストを更新していったのである。もうそこには『練習チャンピオン』と言われ続けた永田の姿はなかった。

< 第7話へつづく >

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