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【ウルトラマラソンランナー】永田務さん③

 < 第3話 >

永田務<第2話>を読む


ピンチを乗り切った頃、永田の視界には自衛隊時代に走った新潟県縦断駅伝の懐かしい風景が入ってきた。そのあたりで風も味方して永田の背中を強く押したという。

100キロマラソンは70~90キロが一番キツいが、永田は永田さん2-1.jpg
サロマ湖100kmウルトラマラソンと重ね合わせて、「80キロまで行けばもうワッカだからすぐに終わる!」と頑張ったという。皇居ランナーがフルマラソンの32キロ地点で「あと皇居2周だから頑張ろう」と思うのと同じ感覚であろう(※皇居1周=約5キロ)。また、永田は後続を大きく引き離していたが、一人ではなく、日本一を決めるサロマで強いランナーと戦っている意識が常にあったという。

いよいよ95キロ地点となり、ラスト5キロとなった。

「95キロを過ぎたあたりでも後続が追い上げてきている不安がありました。ただラスト2キロまで行き、スプリント勝負になれば自分の勝ちと思っていました。その時点でタイムを計算したら、ギリギリ6時間59分台でした。そして、そこから1キロ3分55秒を切るまでペースアップしてゴールしました。最後はなぜかキツくなかったのです。」

そうして、彼の6時間58分30秒の旅は終わった。

「ゴールした時、やっと終わった!!俺の役目は終わった。ようやく応援に行ける。」

とランナーの自分を放り投げて、コーチとしての自分に気持ちは変わっていたという。

「表彰式が終わってから知り合いとコースに戻って応援にいきましたが、頑張っているメンバーを見つけると胸が熱くなってきました。100キロなんて絶対に無理と周りから言われていたメンバーが挑戦している。」

そして、次々にメンバーはゴールした。

「自分がやろうとしていた新潟でウルトラマラソンを拡げたい気持ちが扉を開けてくれました。ウルトラマラソンに関心がなかった人も興味をもって拡げてくれた。そして、その人が達成できたことでチャレンジャーが増えるでしょう。」

と永田は嬉しそうに語った。

永田さん8-1.jpg大会新記録について感想を聞いたところ、こう答えた。

「自分のタイムに関しては評価していません。サロマが日本一決定戦であるのだから、それ以外の大会で勝っても満足度は低いです。サロマで勝って日本一になって喜びたいです。

また、大会が終わってから多くの方に『凄いね』と言われました。凄いねと言われるのは嬉しいし、地元で優勝できたのも嬉しいのだけど、凄いねと言われるたびに実はガッカリしている自分もいました。生意気なようだけど、それが世間の評価だと思いました。

例えば、トップランナーが優勝したら『おめでとう!』とは言われるだろうけど、誰も『凄いね!』とは言わないでしょう。永田務ならこのタイムで走って当然だと言われるよう頑張ります。ただ、サロマ、ドイツのレースで自滅したので、それに対してはほっとしました。」

永田の叩き出した6時間58分30秒は驚愕の大会新記録だ。しかし、
今年6月に開催された「サロマ湖100kmウルトラマラソン兼IAU100kmワールドチャンピオンシップ2014日本代表選考競技会」で日本代表を目指しながらも自滅した永田にとって、その大会で上位入賞し日本代表に選出されたランナーならどのくらいで走ったのだろう?という気持ちがあり喜べないのであろう。

次号からは、永田務が歩んできた非常に険しい道のりを紹介する。
ここまでの記事を読んだ方の多くが想像もできないような苦境から彼は這い上がってきたのだ。

< 第4話へつづく >

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