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弛むことなき旅路の果て 吉田香織に送るレクイエム⑫

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<第10話> "想い"を乗せた走り


噛み合うトレーニング

さいたま国際マラソンに向けて、トレーニングが進行していく。周囲の皆に支えられ、気づかされ、人として逞しくなってきた吉田は、ランナーとして"脂がのる"時期を迎えていたのかもしれない。34歳にして、吉田の「走力」は確実に高まっていくのである。

そこには、吉田の天性の素質を呼び覚ます「開眼された自身の感性」と「打越コーチの計算式」が当てはめられ、さらに、「二人が積んできた経験値」が加味される方程式のようなものがあった。

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打越コーチは、「たくさん走らない(40キロ走をしない)」という調整法でマラソンを走り、世界選手権の男子マラソンで5位入賞を果たしている。打越には、現役時代には「ガラスの脚」と言われるほど、常に故障に悩まされていたからこそ、確立されたトレーニング理論がある。その経験を元に立てられる練習計画には、隙がない。

打越は、さいたま国際マラソンに向けても、吉田に「目一杯の仕上げ」を施すつもりは毛頭なかった。それは、その後の飛躍を考えてのこと。最大限に仕上げたら、長いブランクを考えると故障のリスクが高まるし、後の"伸び代という芽"を摘んでしまうことになるからだ。

yoshida51.jpgさいたま国際マラソン前も30キロを1本しか走らなかった。少ない練習量に半信半疑になる吉田に対し、打越コーチは「問題ない」ことを伝える日々。その言葉を信じて進む吉田。走りの質が高まる実感が伴うに従い、互いの信頼関係が強固なものへと変化する。二人の心の中では、「やれる」という想いと期待が日に日に膨らんでいくのだった。

(さいたま国際マラソン前の練習内容はこちら)

久しぶりのオリンピック選考会

そんな中、さいたま国際マラソンの招待選手が発表された。拍子抜けするほど、日本のトップ選手は、エントリーしてこなかった。しかし、一方で、外国人招待選手の顔ぶれは凄い。どんな戦いになるのか、さっぱりわからないが、妙にワクワクする気分になる。このあたりも、吉田の気性の表れか。

そして、迎えた「さいたま国際マラソン」レース当日。

yoshida52.jpg生憎の「雨模様」で「気温も低め」さらに「高低差の激しいコース」である。厳しい条件が3拍子揃ったようなものだ。それを象徴するかのように、先頭集団のペースは、安全策が採られる。それでもサバイバルレースとなっていくところに、レース条件の過酷さが表れている。

越えても越えても次々と目の前に現れる上り坂。坂を上りきった後に必ず待っている下り坂。坂を乗り越える毎に、カラダは消耗し、筋肉は重ダルくなっていく。わかりきっていることとはいえ、ボディーブローのようにカラダにダメージが与えられるのを感じる。実績ある外国人招待選手が、先頭集団から次々と遅れていくことが"厳しいレースであること"の証明であった。

吉田は、淡々と走っていた。山のトレーニングで準備してきたことが効いているのか、苦しさをさほど感じない。気が付くと、先頭集団の人数が減っていた。だが、吉田には、動揺も期待もない。先頭集団でレースに参加できている喜びを感じつつ、ペースメーカーが離脱する30キロ "その時" に備えるだけだった。

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身の丈の高まり

吉田は、レース前、外国人の強豪選手が集まった中で、優勝しようとまでは考えていなかった。一流ランナーと肩を並べて走る久しぶりのレース。"身の丈ほどに" 自分に過度の期待はかけないでおいた。それでも、「先頭集団でいけるところまでいこう」「最低、日本人トップにはならなきゃな」そんな漠然とした目標は抱いていた。

yoshida49.jpgこの走力の高まりには、約2年間にも及ぶブランク(競技の休止)が、良い意味で影響していることを忘れてはならない。どん底まで堕ちた人間の心とカラダが、一度リセットされた後に注入されてきた様々なエネルギー(逆説的な表現をすると=リセットされたからこそ、吉田は吸収できた)

その注入物の処方は、まるで、吉田の復活に必要な内容が計算されているかのようだ。偶然にも、1年間をかけた"程よい" 時間と質、量だったことが幸いし、吉田のカラダと心は元気を取り戻し蘇るのだから、何と言ったらよいのか。「神様だけが知る結末に向かって、皆が糸で操られているのではないか」と思いたくなるほどに、見事なまでに人々の連携を生んできた。

センチメンタルな前夜

「レース前夜、実は、少しセンチメンタルな気持ちになったんです」と明かした吉田の表情が思い出される。「オリンピック選考会という舞台に、ほんとうに戻ってくることができるなんて考えもしなかった」としみじみと語った顔。複雑に絡み合う感慨深い想いが窺い知ることができる。

ベッドに横たわると、少しの成功と多くの挫折を味わった実業団選手時代が走馬灯のように映し出される。1年前は、「OLランナーとして趣味で走ろうかな」「イベントを企画し、市民ランナーの方々と楽しく走っていければいい」という程度の考えしかなかった。「たった1年前なんだよなぁ」何年も昔のことのように感じる。それほどに多くの人と出会い、助けてもらったことを思い出す。

yoshida48.jpg奇跡的な出来事が続き、偶然に偶然を重ねて、戻ってきた今(この世界)である。振り返ると、自分でも驚きの展開でしかない。吉田は
「この一年間は何だったのだろう」不思議に思う気持ちを整理しながら目をつぶった。「練習は不十分かもしれないが、想いの全てをぶつける走りをしたい」と誓い、前夜の眠りに就いていた。

ベッドに横たわる吉田の胸にあるのは、メラメラと燃える闘志ではない。

「支えてくれた皆への感謝の意を走りで表したい」という"想い"だった。

そんな想いを乗せた渾身の走りが、いよいよレースの後半に向かう!

-続く-

<第11話 ①> 心の木霊(こだま)


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