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シューズ職人「三村仁司」を紐解く❷

<第二話> シューズへの想い                         <第一話> 有森裕子との秘話


  三村が、究極の職人技を習得するまでの長い道のりを歩んでくることができたのは、シューズに対する強い
 想いであった。その想いがどうして作られたのか、それを紐解くには、高校時代にまで遡らなければならない。

  三村は、当時、兵庫県で強豪チームとして有名だった『飾磨工業高校』で三村仁司⑫.jpg長距離選手として
 活躍している。「その時の練習が凄かった」と言い、「一緒に入部した20名の同級生が、
 2年の秋には、4名しか残らなかった」と苦笑いしながら語ってくれた。
 その事実が練習の厳しさを証明しているが、そのハードな練習に耐えられないのは、
 選手の心や身体だけではなかった。シューズがすぐに壊れるのだ。「どうしてこんなにも
 簡単にシューズが壊れるのだろうか。将来、
選手のために、丈夫で走りやすいシューズを
 作りたい」という思いが芽生え、
そして、増幅していったのが高校時代である。

  高校卒業の年、三村は、進学か就職か迷っていたが、オニツカタイガー(現:アシックス)
 から誘いを受け、面接で、その想いをぶつけてみたところ、「近い将来、シューズ作りを
 担当させてくれる」という言葉が返ってきた。しかも、「選手として走ることを続けていい」
 という願いも受け入れてくれたのだ。高校を卒業して就職することに、迷いはなくなった。

  入社した三村は、仕事をしながらも、練習を黙々とこなした。
 一人で、2000メートルを10本や40キロを走った。足を故障して走れないとき、会社が休みの日には、
 8時間は歩いたという。「当時は、しんどかったよ」と懐かしそうに振り返る三村を見て、この人は、
 その時に、「選手が故障に苦しむことがないようなシューズを作りたい」と心から思ったのだろうと感じた。
 高校時代と社会人になった数年で、信念を持って、徹底して行うという人間形成もなされたはずだ。

 シューズへの強い想い。そして、妥協を許さない人間。三村が作るシューズの原点がここにある気がする。

 そうした背景からか、三村と話して感じるのは、自分にも人にも厳しいということ。
 三村仁司①.jpg
脚部測定を行っている最中にも平気で「おまえ練習してないやろ。
 もっと練習せなあかんぞ」と言うし、「おまえ、ちょっと肥えてる(太っている)
 だろ。もっと身体を絞らなあかんぞ」と女性にでも平気だ。

  それは、三村が、「シューズが人を速く走らせるわけではない」ことを知っている
 からである。厳しいトレーニングが人を速く走らせる。当たり前の話だ。
 だが、人は、三村の作るシューズを『魔法の靴』と表現したりする。
 当然、選手は「三村さんが作るシューズを履けば、速く走れる」と思うわけだ。

  シューズを賞賛されることは嬉しいが、選手が勘違いしないように日頃から
 神経を使わなくていけなくなる。三村にとっては、さぞかし、複雑な心境なことだろう。

  三村が作るシューズを履き、故障しない足作りを進めていく。簡単に言うと(詳しくは次号で)、
 矯正用シューズを用意し、故障を招く要因を改善する。
トレーニング用のシューズでは、
 故障を招く可能性が高い箇所に負担がかからないような工夫をこらす。
 さらには、脚筋力の強化法までも指導する。しかも「毎日やれ!」と、手厳しさも忘れない。

  脚と足を変え、故障を防ぎ、厳しいトレーニングを継続することが、パフォーマンスを上げる
  一番の近道となる。そのための助言を、測定に来た選手には、徹底して与える。決して遠慮しない。

 選手のためを思って言葉を発し、思いを込めてシューズを作る。

 選手からの信頼が絶大なのもうなづける。
                                        (敬称略)
 

 続く>>     <第三話>シューズは芸術作品    

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